大阪高等裁判所 昭和35年(ネ)1332号 判決 1961年4月14日
控訴人(原告) 平野政雄
被控訴人(被告) 神戸地方法務局長
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
訴訟代理人 今井文雄 外一名
事実
控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人が昭和三四年二月二八日控訴人の司法書士認可申請を却下した処分を取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」旨の判決を、被控訴代理人は主文と同旨の判決を求めた。
事実及び証拠の関係は、次に附加するほか原判決の事実摘示をここに引用する。
控訴人は、当審であらたに次のとおり述べた。
一、憲法の保障する職業選択の自由に対する制限は、公共の福祉を維持するに必要な限度を超えてはならないところ、司法書士と類似の行政書士については、行政書士法において、その業務(同法第一条)、依頼に応ずる義務(同第一一条)を規定して行政書士の業務が公共的性格をもつことを明かにし、同法第二条及び第五条においてその資格と欠格事由を定め、司法書士法におけると同様の法的規制が行われているに拘らず、行政書士法においては単なる届出制を採用している。このことは届出制をもつてしても、職業選択の自由に対する制限事由としての公共の福祉の維持に欠けることのないことを示しているというべきであつて、この理は司法書士についても同じである。したがつて、司法書士法所定の認可が、一般的禁止を前提として個別的にこれを解除する趣旨であるとすれば、憲法上の自由を不当に制限するものであるから、憲法第二二条に違反する。
二、かりに、右のごとき許可制そのものは違憲でないとしても、許否の基準は合理的かつ明確に示されていることを必要とし、本件のごとく法律上なんらの基準もなく、ただ行政法上の通則とか、司法書士としての適格性といつたあいまいなことばで裁量により不許可にすることは憲法の趣旨に反し、最高裁判所の判例の趣旨にも反する。
三、また、被控訴人が、控訴人の司法書士としての適格性を否定した理由は、控訴人が懲戒免職処分を受け、現在公訴を提起せられ係属中であるという点にあるが、懲戒免職処分については人事院に審査請求中であり、これらはいずれも未確定の状態にあるから、社会的評価としては白紙と見られるべきものであつて、これをもつて憲法第二二条の自由を制限するに足りる「公共の福祉に反する事情」であるということはできない。
司法書士としての適格性は、昭和二八年八月五日付法務省民事局長通達にも示されているとおり、司法書士の実務に必要な知識の有無を基準として判断すべきであり、それ以外の公共の安寧の保持その他の国家目的を考えるべきではない。
しかも、右処分の日から既に二年以上を経過しているから、司法書士法第三条第三号の時効的効果から考えても、これをもつて不認可の理由とすることはできない。
理由
当裁判所の判断は、以下に記載する各点のほか原判決の理由と一致するから、それをここに引用する。
そこで、順次控訴人の当審における前記各主張について判断する。
一、憲法の保障する職業選択の自由には公共の福祉に由来する制限のあるこというまでもなく、その制限の寛厳の程度、制限の方法の如何は、それぞれの職業の性質、公共性の度合い等により差異を生ずることは当然であつて、或る職業に就くための要件が他の職業のそれに比し厳格であるという一事をもつて、憲法上許容された限度を超える不当な制限であるということはできない。司法書士と行政書士とは法制上比較的類似した扱いを受けているといいうるけれども、なお司法書士の業務が嘱託者の重要な権利業務に影響を及ぼすこと少しとしない特殊性と公共性を有することにかんがみ、これを許可営業としたことは、さきに引用した原判決理由にも説示されたとおり、一般国民の利益保護の見地から必要な自由の制限というべきであり、なんら憲法第二二条に違反するものではない。
二、法令により国民の自由を制限する場合の要件は、できるだけ具体的かつ明確に法定され、しかもそれが合理的なものであることを要する。しかしながら、規制の対象の如何によつては、立法技術上抽象的基準による行政庁の裁量に委ねることをもつて満足せざるをえない場合のあることも、今さらいうまでもない。本件について、司法書士法が、第四条第一項、第一八条の委任にもとづく施行規則第二条をもつて、認可権者たる法務局又は地方法務局の長に対し、申請者の司法書士としての「適格性」の有無を判定すべく定めるにとどまり、適格性判定の具体的基準を示さなかつたことも、ひつきよう右の理由によるものであつて、他面、行政庁の裁量権の行使について同法第四条第二項以下の公開による聴問を行うべき義務を課し、運営の適正を担保しようとするものであるから、このような規定の仕方をしているからといつて、同法が憲法または従来の最高裁判所の判例の趣旨に反するとはいえず、また、同法に則つて被控訴人が行つた不認可処分も、すでに原判決を引用して説示したとおりの理由によりなされたもので、裁量権の濫用とみるべき事情もないから、同じく憲法または最高裁判所判例の趣旨に反するものではない。
三、控訴人が、検察事務官として在職中、原判決の理由中に記載のごとき同人に関する被疑事件が発生し、これにより懲戒免職処分を受け、また刑事被告人として公訴の提起を受けたものである以上、たとえ懲戒免職処分については人事院において係争中であり、刑事事件も公判係属中であつて、それぞれの審理手続においては、右のような非行がないことの推定を受けるとしても、他の社会的関係において、控訴人に右のような経歴が一切存在しなかつたとの扱いを受けるものとは限らないこと、いうまでもない。被控訴人が、控訴人の司法書士としての適格性を判定するにあたつて、右の事情を考慮したことは、なんら違法ではない。また前記のごとき司法書士の業務の公共性にかんがみ、その適格性の判定にあたつて考慮すべき事項を実務に関する知識の有無に限定すべき理由はなく、このほかたとえば心身の能力、品位等をも考慮しうると解すべきであり、さらに前記の懲戒処分からの経過年数についても、法第三条第三号の規定は、司法書士たりうる資格として定められたもので、右のごとき資格を有する者でも、なお別個に適格性の有無を判定しうることすでに述べたとおりであり、本件の場合、懲戒免職処分またはその理由となつた諸事実のあつたときから、被控訴人の不認可処分の時までに三ないし四年の時日を経過しているけれども、右免職処分及びその理由となつた諸事実の内容、性質等の事情がさきに認定したとおりである以上、これを斟酌して控訴人に司法書士として適格性がないと判定されることをもつて違法と断ずることはとうていできない。
以上、控訴人の主張はいずれも採用しがたく、被控訴人の本件不認可処分にはなんら違法がないから、本訴請求を棄却した原判決は相当であつて、本件控訴は棄却すべきものとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 亀井左取 杉山克彦 新月寛)